大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)500号 判決 1980年3月25日

控訴人(附帯被控訴人) 昭和重工株式会社破産管財人 伊吹幸隆

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 柴田國義

同 松永保彦

被控訴人(附帯控訴人) 新井博子

右訴訟代理人弁護士 尾崎陞

同 鍛治利秀

同 横田俊雄

同 内藤雅義

主文

一  原判決中控訴人(附帯被控訴人)らの敗訴部分を取消す。

二  被控訴人(附帯控訴人)の本訴請求及び附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)らは主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決及び附帯控訴として「原判決を次のとおり変更する。被控訴人が破産者昭和重工株式会社に対し、長崎地方裁判所昭和二九年(フ)第四号破産事件につき、約束手形金元本債権八七〇万円及び小切手金元本債権二七三万円並びに右両債権に対する利息金債権一八万九四三五円の各破産債権を有することを確定する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。なお、被控訴人は当審において本訴請求を右の範囲に減縮した。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人らの抗弁(ただし、7は控訴人破産管財人伊吹幸隆のみ)

1  消滅時効の抗弁についての補足

破産債権の届出は破産手続参加である。破産手続参加による時効中断の効力は、破産管財人もしくは他の債権者から異議が述べられず、届出債権が債権表に記載され確定することを条件として生ずるのであって、債権が異議によって確定しなかった場合は、民法一五二条の「其請求カ却下セラレタルトキ」に該当し、時効中断の効力は失われる。そして、右債権の届出は裁判外の催告と同様に暫定的中断の効力があるにすぎないから、本件各手形及び小切手債権については、異議が述べられた昭和四七年四月二七日の翌日から起算して六か月以内に訴えの提起等他の強力な中断事由がないまま経過し、消滅時効が完成するに至った。

2  被控訴人の本件各手形及び小切手の取得について

被控訴人は、かつて大韓民国居留民団横浜支部の婦人会の役員の地位にあり、昭和四三年頃から同会員の趙畢順の懇望により、自ら保証人となって、右婦人会の会員の積立金を趙を介して大栄興業に貸付けていた。そして、昭和四五年半ば頃までは順調にその返済を受けたが、その後同年々末頃から趙を介しての弁済が滞るようになった。本件各手形及び小切手は、昭和四六年一〇月五日当時趙が所持し、同日これを破産債権として届出たところ、昭和四七年四月二七日の債権調査期日に控訴人らからこれに対し異議が述べられたが、趙は自ら破産債権確定訴訟を起すことなく、昭和五〇年九月八日右届出債権を被控訴人に対価を伴わない指名債権譲渡の方法により譲渡するに至ったもので、被控訴人はこれにより本件各手形及び小切手の所持人となったものである。そこで、右指名債権譲渡の方法によってなされた本件各手形及び小切手上の権利移転については、人的抗弁遮断の効力がなく、昭和重工は大栄興業並びに趙に対する後記のような各抗弁をもって、いずれも被控訴人に対抗し得るものである。

3  本件各手形及び小切手の振出についての取締役会承認欠缺の抗弁

本件各手形及び小切手は、中川健一が、昭和重工の代表取締役篠田英悟から包括的に付与された代理権に基づいて、自己がその業務執行につき代理権を有する大栄興業に対して振出したものである。したがって、右振出は、商法二六五条の取締役が第三者のために会社と取引をするときの、いわゆる間接取引に該当するから、振出人である昭和重工の取締役会の承認を必要とするところ、本件各手形及び小切手の振出には右取締役会の承認を欠いているので、昭和重工は右振出の無効をもって大栄興業に対効できる。

そして、趙は日本名を池田光栄と称し、大栄興業設立当時は代表取締役に就任した経歴をもち、その頃から手形を割引いて資金化することに関与し、昭和四三年一二月九日代表取締役を夫池田政夫と交替したものの、昭和四五年一〇月二一日池田政夫の死亡後は、夫に代って中川とともに大栄興業の業務、つまり手形操作の衝に当っていたもので、右無効の抗弁を主張しえない第三者ではない。仮に第三者に当るとしても、本件各手形及び小切手取得の当時、趙は中川が昭和重工取締役会の承認なしにこれらを恣に振出していたことを知っていたのであるから、昭和重工は、大栄興業に対する右主張をもって趙に対抗できる関係にある。

4  本件各手形及び小切手の振出についての双方代理の抗弁

また、本件各手形及び小切手振出の頃、大栄興業の登記簿上の代表取締役である池田政夫は既に死亡していたが、中川が事実上同社の業務を主宰し、法的には同社の代理人としての地位にあった。一方、当時昭和重工の代表取締役は篠田であったが、同人は破防法違反の罪に問われ、昭和四六年三月一七日から同四七年一月頃まで前橋刑務所に服役中であった。同人は、昭和四六年四月二日代表取締役を辞任したが、これよりさき収監されるに当り、手形、小切手の振出については中川に包括的に委任していたので、中川は、券面金額、発行枚数、支払日の決定等振出の実質的決定を行い、手足として昭和重工の従業員の川原や村越を使って手形、小切手の作成に当らせ、自らこれを受取っていた。

右事実によれば、中川は、本件各手形及び小切手の振出交付について昭和重工の、これらの受取りについて大栄興業の各代理をし、もって双方を代理していたものであるから、右手形、小切手行為は民法一〇八条により無効である。

よって、昭和重工は、右主張をもって大栄興業及び趙に対抗できる。仮に趙が第三者に当るとしても、同人は右の事実を知ってこれらを取得したものであるから、昭和重工は、大栄興業に対する右主張をもって趙にも対抗できる。

5  対価の不交付の抗弁

本件各手形及び小切手は、いずれも昭和重工の代表取締役篠田が刑務所に収監される前、またはその収監中に、同人から手形、小切手の振出行為を委任された中川が、その権限に基づいてこれらを振出し、かつ同人自ら大栄興業の代理人となってこれを受取っていたものであるところ、いずれも取引の実態がなく、振出の原因なくして作成交付されたものである。仮に本件各手形及び小切手が、昭和重工の資金を得る目的ないし手形割引の目的で作成交付されたものであるとしても、本件の場合は、いわゆる手形もしくは小切手割引金の交付を受けておらず、あるいは交付を受けたにしても、その金額は券面額の一割にも足らぬ僅少なものであったから、昭和重工は大栄興業に対し、本件各手形及び小切手金支払の義務はない。

そして、趙は大栄興業の関係で第三者とはいえず、仮に第三者に当るとしても、右対価不交付の事実を知悉して本件各手形及び小切手を取得したものであるから、昭和重工は右主張をもって趙にも対抗できる関係にある。

6  手形外の特約の抗弁

趙は、本件各手形及び小切手を取得するに当り、近い将来振出人である昭和重工の三菱重工株式会社相手の訴訟が昭和重工の有利に解決し、莫大な金員の入金があれば一括決済されるが、それまでは本件各手形及び小切手金が支払われる目途はないことを知悉し了解していた。

換言すれば、昭和重工と大栄興業との間の手形、小切手の授受に際し、右事実が到来するまでは、手形、小切手金の請求はしない旨の特解が存していたのであって、趙は右特約の存在を知りながら、右手形及び小切手を取得したのであるから、昭和重工は趙に対し、これら手形及び小切手金支払の義務はない。

7  破産法七二条五号の抗弁

昭和重工の強制和議の取消申立がなされたのは昭和四五年五月二七日であり、右取消決定がなされたのは昭和四六年九月一三日である。本件各手形及び小切手は、実質的に昭和重工の再施破産寸前のこの危機において、かつ、殆ど対価を得ることなしに篠田、中川及び趙らによってなされた手形の乱発であり、債務を増大する行為である。したがって、右行為は破産法七二条五号に該当し、否認さるべき行為である。

二  被控訴人の抗弁に対する答弁及び補足主張

1  消滅時効に関する控訴人らの主張は争う

2  被控訴人の本件各手形及び小切手の取得についての控訴人らの主張を争う。本件各手形及び小切手は、趙が大韓民国居留民団横浜支部婦人会の会員から借受け、被控訴人が保証していた借入金の返済のため、被控訴人が譲渡を受けたものであり、昭和重工の大栄興業ないし趙に対する抗弁をもって対抗される理由はない。

3  本件各手形及び小切手の振出について、昭和重工の取締役会の承認があったかどうかは知らない。右各手形及び小切手を篠田から委任を受けた中川が振出したことは否認する。したがって、仮に右取締役会の承認がなかったとしても、本件各手形及び小切手の振出が無効であるとの控訴人らの主張、さらにこれをもって被控訴人に対抗できるとの主張は理由がない。

4  本件各手形及び小切手が、篠田から委任を受けた中川によって振出されたとの事実は否認する。右各手形及び小切手は篠田の指示または委任に基づいて川原及び村越らが、その権限の範囲内で作成振出したものであるから、双方代理の問題はない。

5  本件各手形及び小切手の対価が昭和重工に交付されていないことは否認する。右各手形及び小切手は、昭和重工が新しい資金調達あるいは先に振出した手形の書替のために振出されたものであり、原因関係の存在しないものとはいえない。

仮に、右対価が昭和重工に交付されていないとしても、これをもって被控訴人に対抗できるとの控訴人らの主張は争う。

6  控訴人ら主張の手形外の特約があったことは否認する。被控訴人は、趙から三菱重工株式会社との訴訟が解決すればこの関係も一転して解決するであろうとの話を聞いてはいたが、右訴訟の解決まで被控訴人が法律上請求しないと特約をしたわけではないから、控訴人らの右抗弁は理由がない。

7  本件各手形及び小切手の振出は、無償行為またはこれと同視すべき有償行為でもないので、破産管財人の破産法七二条に基づく主張は理由がない。

8  被控訴人が破産債権として確定を求めている約束手形のうち、原判決添付の別表二の1(一)の手形面上の手形の番号「C03221」を「C037221」と改め、また、右破産債権として確定を求めている本件各手形及び小切手金債権に対する利息金債権を、債権届出日たる昭和四六年一〇月五日までの合計一八万九四三五円の範囲に減縮する。

三  証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人の請求原因に対する当裁判所の判断は、次のとおり付加訂正するほか、原判決五枚目表八行目から同七枚目表八行目に説示の理由と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表一〇行目の「甲第二二号証の一、」の次に「第二三号証の一、」を加え、同五枚目裏一行目の「右印章の押捺は」から同三行目の「証拠はない。」までの部分を「右印章の押捺は反証がないかぎり、振出人である昭和重工株式会社代表取締役篠田英悟の意思に基づいて押捺されたものと推定され、その反証もなく、したがってまた民訴法三二六条により、右甲号各証の同会社作成名義部分はすべて真正に成立したものと推定される。」と改める。

2  《証拠関係省略》

3  同六枚目表四行目の「昭和四三年」の次に「当時の代表取締役川南豊作が、造船業に必要な船舶部品等を製造させる目的で、」を、同七行目の「昭和四三年」の次に「一一月右川南豊作が死亡し、同年」を加え、同末行の「確認していた」とあるのを「確認していたが、右手形振出の際、手形の額面金額等は昭和重工側の者と大栄興業の中川との間で協議決定されていた。さらに」に、同裏二行目から三行目にかけて「その後」とあるのを「篠田入監後は」に改める。

4  同六枚目裏五行目、同七行目、同七枚目表四行目から五行目にかけて、同六行目から七行目にかけて、各「別表一の1の手形」とあるのをいずれも「別表一の1、別表二の1の各手形」と改め、同六枚目裏一二行目から末行にかけて「別表一の1の約束手形金元本債権は八二〇万円」とあるのを「別表一の1、別表二の1の各約束手形金元本債権は合計八七〇万円」に、同七枚目裏二行目の「合計一五万八八七五円」を「合計一六万九二三一円」に改める。

5  原判決添付の別表二の1(一)の手形面上の手形の番号「C03221」を「C037221」に改め、同表の末尾に「呈示された日(昭和年月日)46・6・1」及び「利息金額(円)10356」を加える。

二  してみると、被控訴人は趙畢順からの債権譲渡により、破産者昭和重工に対し、別表一の1、別表二の1記載の各約束手形金元本債権合計八七〇万円、及び別表一の2記載の各小切手金元本債権合計一五三万円、並びに右両債権に対する債権届出までに発生した利息金債権合計一六万九二三一円を有することになるが、このほかに被控訴人が昭和重工に対する破産債権として届出の債権を取得したことを認めるに足りる証拠はない「原判決添付の別表二の2(一)(二)の各小切手については、被控訴人が現にこれを所持していることを認めるに足る証拠もなく、趙畢順から右小切手金債権の譲渡を受けたと認むべき証拠もない。)。

三  そこで、控訴人らの消滅時効の抗弁につき判断する。

被控訴人の本訴提起の日が昭和五〇年九月八日であることは本件記録に徴し明らかであり、前記各約束手形は満期から三年の、また前記各小切手は支払呈示期間経過後六か月の、各時効完成期間をすでに経過していたことは暦算上明らかである。しかし、右各手形及び小切手は、いずれも時効完成期間経過前の昭和四六年一〇月五日、当時の所持人である趙畢順により、長崎地方裁判所に係属中の昭和重工に対する昭和二九年(フ)第四号破産事件につき、破産債権として右手形、小切手元本債権とこれに基づく利息債権の届出がなされ、債権表にその記載がなされていたものであり、昭和四七年四月二七日の債権調査期日において控訴人らから右各債権につき異議が述べられたため、その後趙畢順から同債権の譲渡を受けた被控訴人において、右届出債権の確定を求めて本訴に及んでいることは、さきに引用した原判決の理由に説示のとおりである。

ところで、民法一五二条は時効中断事由の一つとして破産手続参加を掲げているのであるが、破産債権者は破産裁判所に対し債権の届出をすることにより、はじめて手続上の破産債権者となって財団からの配当にあずかり、また債権者集会における議決権をもちうることとなるのであるから、右債権の届出がまさしく破産手続参加にほかならず、一種の裁判上の請求として時効中断の効力を生じ、届出が撤回されないかぎり、その効力は破産手続終了まで存続するものというべきである。しかしながら、右債権の届出が時効中断の効力を生ずるものとされる所以は、それが破産債権者の破産裁判所に対する権利行使であり、かつ、債権調査期日において破産管財人及び他の債権者から異議がないときは、届出の債権が公権的に確定され、右確定債権についての債権表の記載は、破産債権者の全員に対し確定判決と同一の効力をもつに至る(破産法二四二条)ことが予定されているからである。ところが、破産債権者の届出債権について、破産管財人ないし他の債権者から異議が述べられた場合には、届出債権者が異議者に対して債権確定の訴を提起し、かつ、配当手続における所定の期間内に右訴の提起を破産管財人に証明しないかぎり、当該債権者は、当初から債権の届出をしなかった場合と同様に、配当からも除斥されることとなるのである(破産法二六一条)。

かようにみてくると、破産債権者の届出債権について、債権調査期日において破産管財人ないし他の債権者から異議が述べられた場合には、届出が実質上その効力を失うという意味において、民法一五二条にいう「其請求カ却下セラレタトキ」に該当するものとして、時効中断の効力は初めに遡って消滅するものと解するのが相当である。

もっとも、破産債権者の破産裁判所に対する右債権の届出は、前記のように破産手続参加として時効中断の効力を生ずるにとどまらず、破産債権の存在を主張してその履行を求める点において、同時に催告としての効力を有し、右届出が撤回され、あるいは債権調査期日における破産管財人らの異議により届出が実質上失効するまで、右催告の効力を持続するものと解すべきであるが、ただ催告は、民法一五三条により、時効中断につき暫定的な効力を有するにすぎず、さらに六か月以内に訴の提起等、他の強力な時効中断事由によって補強されないかぎり、その効力は遡って生じないことになるのである。

そして、本件各手形及び小切手債権は前記のように、昭和四六年一〇月五日に債権の届出がなされ、昭和四七年四月二七日の債権調査期日において控訴人らから異議が述べられたもので、その間は届出債権者による催告の効力が継続しているものと解されるが、催告を補強するための六か月の期間は、右債権調査期日の翌日である昭和四七年四月二八日から起算されることになるところ、右債権確定のための本訴が提起されたのは六か月の期間をはるかに経過した昭和五〇年九月八日であり、また、右六か月の期間内に同債権につき他の中断事由がとられたことを窺わせる証拠も全くない。したがって、右債権届出による時効の中断はその効力がなくなったことになる。

してみると、被控訴人が本訴において確定を求める債権のうち、各小切手債権はそれぞれの支払呈示期間経過後六か月の経過(もっとも支払呈示期間の遅い原判決添付の別表一の2(四)の小切手によっても、昭和四七年一月一八日の経過)とともに、また各約束手形債権はそれぞれの満期日の翌日から三年の経過(もっとも満期の遅い原判決添付の別表一の1(七)(八)の手形によっても、昭和四九年七月一日の経過)により、いずれも時効が完成し消滅したものというべきである。

四  そうすると、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当として棄却を免れないものであるから、原判決中控訴人らの敗訴部分を取消すとともに、被控訴人の本訴請求及び附帯控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢頭直哉 裁判官 権藤義臣 大城光代)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例